自分の物語を英語で書いてみる – 「英文創作教室 Writing Your Own Stories」について

金子靖(研究社編集部)
英文創作教室 (当記事について)
2017年11月に研究社より『英文創作教室 Writing Your Own Stories』が出版されました。 当記事では、「英文創作教室」制作の経緯や過程、英語で物語を書くことの楽しさ、係わった人々の想いなどを、当書籍編集者の金子靖さんにご執筆いただきました。書籍の内容の1部も併せてご紹介いただいております。

英文創作教室 Writing Your Own Stories
著者 レアード・ハント (Laird Hunt)
編訳 柴田元幸
訳 今井亮一・福間恵 ほか

当書籍のご案内は以下の研究社のサイトでご覧いただけます
http://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-45281-0.html
※ 本書は発売後2週間で忽ち重版決定となりました。

「ただようまなびや」からはじまった

 作家の古川日出男の呼びかけにより、2015年11月28日と29日の2日間、福島県郡山市で3回目となる「ただようまなびや 文学の学校」が開校した。「ただようまなびや」は2013年からつづいていたが、この年の各ワークショップはどれも満席となるにぎわいぶりで、さらに作家の村上春樹の特別参加もあり、各種メディアにも大きく取りあげられることになった。
筆者は青山ブックセンターで翻訳教室(http://www.aoyamabc.jp/culture/honyaku15/)を開講しているが、その受講生であるふたり――田辺恭子さんと菊池裕実子さん――もこの「ただようまなびや」に参加した。彼女たちにそのあと東京で話をきいたところ、特にアメリカの作家レアード・ハントによるワークショップ「英語で物語を書く」に強く刺激を受けたとのことであった。
 この講座について、この学校の講師のひとりで、本書『英文創作教室』で編訳者を務めていただくことになる翻訳家の柴田元幸氏は、「ただようまなびや」の公式サイトで次のように説明している。

「英語で物語を書く」 レアード・ハント
授業名どおりの授業であり、一人ひとりが英語の小さな物語を作ることをめざす。授業は通訳を介さず英語で行なわれるが、講師は元AEON教師で英語が苦手な人への対応は慣れているし、人柄も優しい。準備としては、写真や絵など、「これを元に物語を書きたい」と思うものを一点持ってくるように、とのこと。(柴田記)

 このワークショップに参加したふたりの話を聞き、わたしは作家レアード・ハントと彼のクリエイティブ・ライティングの講義に大いに興味をもった。そして「ただようまなびや」終了後に東京の国際交流基金 JFICホールで12月2日に開催された「JFICイベント2015 『をちこちMagazine』鼎談『文学にできること』」に参加した。
 イベント終了後、レアード・ハント本人と直接話をする機会を得た。話しているうちに、ハント先生がアメリカのデンバー大学で開講していて、「ただようまなびや」でも一部見せてくれたクリエイティブ・ライティングの講座を本にまとめたら面白いものになるのではないかと思った。
 英語で物語を書きたいと思う日本人は少なくないと思うが、日本にはそれを教えてくれる教師もいなければ、教育機関もほとんどない。なので、まずはアメリカの英文創作を書籍の形で日本の読者に紹介できないだろうか、と考えたのだ。たいへんうれしいことに、ハント氏も興味を示し、連絡を待っていると言ってくれた。 

日本人英語学習者の視点から企画をまとめる

 そのあと、ハント先生の講義に参加したふたりにさらに詳しく話を聞きつつ、企画を練りはじめた。
 まず、「ただようまなびや」の講義で提示されたものも含めて、ハント先生に以下の4つの視点から物語の創作法を論じてもらえないだろうか?

1. Describe What You Saw After You Got Up Today(今朝起きてから目に入ったものを描写しよう)
2. Stories from Pictures(写真から物語を)
3. Your Life, Your Experience, Your Story(君の人生、君の経験、君の物語)
4. Writing After Tragedy(悲劇のあとに書く)
 
 つづいて、レアードのデンバー大学の学生4名のほか、田辺さんと菊池さんを含む日本人の学生4名(ほかふたりは、同じく「ただようまなびや」のハント先生の講義に参加した田島幸子さんと、本書の翻訳者のひとり今井亮一さんだ)に、それぞれひとつのテーマを選んでもらい、実際に創作してもらってはどうだろうか?
 このようなことを企画書にまとめた。そして2016年に入ってすぐにそれをハント先生にメールで送信した。
 ハント先生から、I would like to accept your proposal.という返事がただちに届いた。

柴田元幸先生から全面的な支援をいただく

 著者に執筆の承諾をもらい、会社からも出版の承認を得られたが、そのあとは本の細部を慎重に詰める必要がある。思い悩んでいたところ、大変うれしいことに、レアード・ハントの本を訳している柴田元幸先生が全面的に企画に参加してくださることになった(わたしからもお願いしたが、ハント先生もすでに柴田先生に相談していたのだ)。
 柴田先生は優秀な翻訳者ふたり(今井亮一さんと福間恵さん)を紹介してくださったうえに、ハント先生が各学生の作品にコメントし、改善のためのアドバイスを与える、それに沿って学生が改稿し、レアードがもう一度コメントをつけるのはどうか、と提案してくださった。さらには、同じテーマでプロの作家が書いたらどうなるか、そのサンプルも最後に提示したらどうかとして、以下の4つの作品を挙げて、レベッカ・ブラウンとチャールズ・シミックにも作品使用許可を取り、そのうえそれらをすべて訳していただけることになった。

Whale Leg” by Laird Hunt レアード・ハント「鯨の脚」
Why I Like Certain Poems More Than Others” by Charles Simic チャールズ・シミック「私はなぜある種の詩をその他の詩より好むか」
Heaven” and “Learning to See” by Rebecca Brown レベッカ・ブラウン「天国」「見ることを学ぶ」
Still Life with Snow and Hammer” by Laird Hunt レアード・ハント「雪と金槌のある静物画」

 柴田先生のおかげで、この企画はしっかりとした骨格をもち、出版に向けて動き出すことになった。そして柴田先生が練り上げてくださった計画に沿って執筆、編集、翻訳が進み、約1年半で本書は完成した。

アメリカの文芸創作を日本で学ぶ

  英語で物語を書くには、どんなことに着目し、どんなことを考える必要があるのか?
 ハント先生は本書でそれをわかりやすくアドバイスしてくれる。
第I部第1章の Describe What You Saw After You Got Up Todayのハント先生の概論の一部を見てみよう。

Start simple. What does your coffee cup look like, what does it really look like? How many of your fingers can its handle comfortably accommodate? Is it a two-finger handle? Three? Is it dark blue or light blue or teal? Does its color vary depending on where you are sitting when you drink from it? Look at it until you feel bored and then look some more. “But it’s just a coffee cup!” you say. And I say next to it is just a piece of toast and next to that is just a vase with dried chrysanthemums in it that you should probably throw away and next to that is just a stack of magazines and newspapers and next to that is just a pencil and next to that is just a piece of paper and next to that is the whole world!
 シンプルにはじめよう。君のコーヒーカップはどう見えるだろう? 本当はどう見えるだろう? 持ち手には何本の指が気持ちよく入るか? 指2 本か? 3 本か? 色は暗い青か、明るい青か、それとも濃い青緑か? 飲むときに君が座る場所によって、カップの色は変わるだろうか? 飽きるまで見て、それからさらに見る。「だけどこんなの、ただのコーヒーカップじゃないか!」と君は言う。すると私が言う。カップの隣にあるのはただのトースト1 枚で、その隣にあるのはそろそろ捨てるべき干からびたキクの入ったただの花瓶で、その隣にあるのは雑誌と新聞を重ねただけのただの山で、その隣にはただの鉛筆、その隣にはただの紙切れ1枚、その隣には世界が丸ごとある!

 読者のみなさんは、ハント先生の講義を聴いて、自分自身の物語を書くヒントが見つかるはずだ。

(…) Try it now. Think about where you have been since you woke up this morning, since you started reading this, even if reading this is one of the first things you did today (there is always something before, always something worth noting). Write down what you saw with your eyes, your ears, your fingers, your nose. Don’t worry so much about how it made you feel, but don’t ignore what it made you think of. The world is very rich. You don’t need to be in Paris to make this interesting.
(……)さあ、やってみよう。今朝目が覚めてから、この文章を読みはじめてから今に至るまで、君がいた場所について考えよう。この文章を読むことが、今日君が最初にしたことの一つだったとしても構わない(その前に必ず何かが、心に留めるべき何かがある)。目、耳、指、鼻で見たものを書いてみよう。見てどんな風に感じたかはあまり気にしなくていいが、見て何を思ったかを無視してはいけない。世界はとても豊かだ。この世界を面白くするためにパリへ行く必要はない。

先生はこのようにやさしくみなさんの背中を後押ししてくれる。本書は英語と日本語の完全bilingual本なので、読者はまさにアメリカの大学で創作の講義を聞いているように思うだろう。

 If you are interested in creative writing, especially in English, read this book. If you are not, read it anyway and become interested. Either way, it will be a fun experience, and you’ll have learned a lot by the time you finish.
 自分の言葉で書く、ということに――特に英語でそうすることに――興味がある人は、ぜひこの本を読んでほしい。興味がない人も、読んで興味を持ってほしい。どちらにしろ楽しい経験になるだろうし、読みおえるまでに、ずいぶんいろんなことを学んでいると思う。

 編訳者の柴田元幸先生が「はじめに」で書かれているように、「自分の言葉で書く」ことについていろんなことが学べるだろうし、特に「英語で書くこと」に興味がある人はより多くのことをつかめるだろう。

「どんなに世界が失われてしまっても、僕らはみんな、この世界を生み直せる。それも、言葉で。もしかしたら、英語で。ひとりひとりが周囲を「観察」することが、大きな「洞察」をもたらすことなのだと、心優しい教師・レアードが言っている。この教室に入ろう」

「ただようまなびや」を立ち上げ、レアード・ハントを講師として招聘した古川日出男氏が推薦してくれているように、この教室でわれわれは世界を再生できる物語を書けるかもしれない。

最後に

 筆者は当サイトを運営している「ネイティブ添削の英語便」の熱心なユーザーであるが、今回もハント先生との文書のやり取りや本書の学生の創作などで英語便のネイティブ添削に言葉にできないほどお世話になった。読者のみなさんには、本書でハント先生の概論と学生の創作例を読んだあと、自分でも英語で物語を書いて、ネイティブスピーカーにチェックしてもらうことをお勧めしたい。英語と文学について、想像もできないくらいたくさんのことが学べるはずだ。

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